リアルとバーチャルの融合/横須賀市のメタバース事業に見る新しい地域像

活発化している自治体の「メタバース」への取り組みですが、その中でもいち早くプロジェクトに取り組んでいるのが横須賀市です。横須賀市では2023年から、ソーシャルVRプラットフォーム「VRChat」を活用したプロジェクト「メタバースヨコスカ」を推進。本事業は、仮想空間をつくること自体を目的とするのではなく、観光振興や地域の魅力発信、教育、人材育成、企業やクリエイターとの共創など、幅広い分野に波及する施策として位置づけられています。今回は、横須賀市でメタバース事業に取り組む文化スポーツ観光部観光課を訪ねました。

目次

メタバースならではの体験で知る横須賀の街と文化

横須賀市が展開するメタバースワールドは、実在する街をそのまま再現するのではなく、「横須賀らしさ」を抽出し、メタバースならではの演出を加えた設計が特徴です。世界中のユーザーがアバターを通じて交流できるソーシャルVRプラットフォーム「VRChat」上に、横須賀の文化や街並みをモチーフにした独自ワールドを構築し、国内外のユーザーに向けて情報発信を行ってきました。累計来訪者数は20万人を超え、海外ユーザーの利用も多く、デジタルを通じた新たな関係人口の創出につながっています

横須賀市が展開する2つのワールドのひとつが、ドブ板通りや三笠公園周辺をモチーフにした「DOBUITA&MIKASA WORLD」です。異国情緒あふれる街並みや、横須賀を象徴する文化を感じられる空間の中で、来訪者は自由に歩き回り、交流やイベントを楽しむことができます。また、横須賀名物であるカレーやスカジャンをモチーフにしたアイテムも体験要素として盛り込まれており、街の個性を自然に印象づける仕掛けが随所に用意されています。

もうひとつのワールドは、無人島・猿島をモチーフにした「SARUSHIMA WORLD」。島にある遺跡や雰囲気を再現しつつ、島の一部が浮島になっているというメタバースならではのマップで構成され、探索やゲーム要素を加えることで、エンターテインメント性の高い体験型ワールドに仕上げられています。現実の猿島観光とは異なる切り口で楽しめる点も、メタバースならではの魅力です。

横須賀市文化スポーツ観光部観光課主査の関山篤さんは、「メタバースは、現実の観光の“予習”としても活用できます。ここを訪れて面白さを感じた人が、現地に足を運んでくれることも増えてきました。現地観光の代替ではなく、入口としての役割を担っています」と話します。仮想空間で横須賀に触れ、興味を持ったユーザーが、実際に街を訪れる流れを生み出すことを意識しているといいます。

企業コラボやイベントで認知を拡大

横須賀市のメタバース事業のもう一つの特徴が、民間企業やクリエイターとの積極的な連携です。主にワールド内で使用できる3Dアイテムは、横須賀で活躍するクリエイターも制作に参加しており、すべてが無償で配布され、ユーザーが自身のアバターやワールド制作に活用することができます。こうした仕組みは、クリエイティブ活動の促進にもつながっています。記念艦「三笠」をロボットにしてしまおうというメタバースならではのプロジェクトには、「超時空要塞マクロス」や「超時空世紀オーガス」といった作品でメカニックデザインを手掛けた横須賀市出身のメカニックデザイナー・宮武一貴さんが参画したことで大きな話題となりました。

ファッション分野では、横須賀を象徴する“スカジャン”を切り口に、「BEAMS」などのアパレル企業とのコラボレーションも実現。文化スポーツ観光部観光課で集客促進を担当する久水陽平さんは「メタバースという場があったからこそ、これまで接点のなかった企業とも自然に連携が生まれた」と振り返ります。さらに、「モンスターハンターワイルズ」など人気ゲームコンテンツとのコラボレーションや、期間限定イベントの開催など、話題性のある企画も積極的に展開してきました。メディアに取り上げられたことをきっかけに、アクセス数が急増したケースもあり、久水さんは「こうしたコラボレーションによって、横須賀の存在を知らなかった層にも興味を持ってもらえるようになった」と分析します。

横須賀市文化スポーツ観光部観光課集客促進担当の久水陽平さん

教育・交流・次世代につなぐメタバース

観光やPRにとどまらず、横須賀市はメタバースを教育や人材育成の分野に活かすことも視野に入れています。中高生を対象とした体験プログラムでは、仮想空間を通じてデジタル技術やクリエイティブな発想に触れる機会を提供。関山さんは、「将来を担う世代にとって、メタバースは特別なものではなく、当たり前の選択肢になっていく」と語ります。「自治体として、人材育成にも力を入れていく必要があります。メタバースはその入口として機能できると考えています」。

横須賀市文化スポーツ観光部観光課主査の関山篤さん

また、AIを活用した観光案内「えーあいそーだんいん」といった取り組みや、メタバース空間内でのeスポーツイベントの開催など、新たな分野への挑戦も続いています。過去には、「モンスターハンターライズ:サンブレイク」とコラボしたARスタンプラリー企画といった、リアルとデジタルを横断した体験も生まれました。

一方で、課題も少なくありません。「メタバース」という新しい試みに対する理解不足や、参加できるプラットフォームの普及の問題のほか、運用コストといった自治体として慎重に向き合うべき点もあります。それでも関山さんは、「すべての人に向けた万能な施策ではなくても、熱量の高い人たちと確実につながれる場として、大きな可能性がある」と前向きに捉えています。「メタバースは万能ではありませんが、さまざまな分野と組み合わせることで新しい価値を創出できると考えています」。

横須賀市が目指すメタバースの未来

横須賀市のメタバース事業は、発足して2周年を迎えてなお発展し続けています。デジタル技術を活用して地域の魅力を再発見し、外へと発信していくこの試みは、これからの自治体施策の一つのモデルケースになり得るものです。

関山さんは最後にこう語ります。「メタバースは目的ではなく、あくまで手段です。メタバースを通じて、横須賀らしさや横須賀の魅力をどう伝え、どう次の世代につなげていくのか。まだ試行錯誤の段階ですが、反響も手応えも感じています。これからも挑戦を続けていきたいと考えています」

リアルとバーチャルを行き来しながら、新しい地域の価値を創出しようとする横須賀市。その挑戦は、静かに、しかし着実に広がりを見せています。

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